モートン病(Morton’s neuroma)は、足の中指と薬指の間など、足裏の神経が圧迫・刺激されて炎症や神経腫が起こることで、しびれやピリッとした痛み、焼けるような感覚が現れる疾患です。

特に、前足部に過剰な負荷がかかる歩き方や、つま先の狭い靴・ヒールなどが原因で神経が締めつけられることが多く、女性に多い病気として知られています。

近年よく耳にする「筋膜リリース(myofascial release)」は、筋肉を包む膜=筋膜(fascia)に対して、圧迫・牽引・ストレッチなどの手技やツールを用いて緊張をゆるめ、可動域や血流を改善しようとする手法の総称です。

筋膜リリース自体は、理学療法やマッサージ、セルフケアの分野でも話題となっており、「筋肉が硬くなって痛いところをゆるめる」というイメージで広く普及しています。

筋膜リリースとは何か

筋膜とは、全身の筋肉・骨・臓器などを包む薄い膜状の組織です。

コラーゲンを多く含み、滑走性を保つことで筋肉や関節の動きを円滑にしています。

しかし、長時間の同じ姿勢や過剰な負荷、ケガ、ストレスなどで筋膜が癒着・硬化すると、動きが制限され、血流低下や痛み、コリ感などが出やすいとされています。

筋膜リリースは、この硬くなった筋膜を「押す」「伸ばす」「ずらす」などの方法でほぐし、正常な滑走性を取り戻すことを目的とします。

理学療法士やマッサージ師が行う徒手療法だけでなく、フォームローラーやボールを使ったセルフケア、ストレッチなど、幅広い方法が「筋膜リリース」と呼ばれています。

筋膜リリースには、筋肉の柔軟性向上や関節可動域の改善、血流促進、疲労回復などの効果が期待できるとされており、スポーツ選手や肩こり・腰痛に悩む人たちが取り入れることが増えています。

モートン病の原因とメカニズム

モートン病の主因は、前足部に過剰な荷重がかかる歩行・走行フォームによって、足趾(足指)に向かう神経が周囲の靭帯や骨・軟部組織で圧迫されることです。

結果的に神経に炎症や線維化が起こり、神経腫のように肥厚して痛みやしびれが出現します。

重要なのは、モートン病が「神経の圧迫・炎症」が中心の疾患であるという点です。

筋肉や筋膜そのものの硬さが主因ではなく、足の構造的負担や歩行パターンの問題が本質的な原因になっています。

したがって、筋膜の緊張をゆるめるだけで神経の圧迫が取れるわけではありません。

なぜ「筋膜リリースが効く」と言われるのか?

インターネットやSNS、書籍などで「モートン病に筋膜リリースが効く」という情報が出回っている背景には、いくつかの理由があります。

  • 足裏やふくらはぎの筋肉が硬くなると、前足部に負荷がかかりやすくなるため、「筋肉をほぐせば改善するかも」という連想が起きやすい
  • 筋膜リリース自体が健康・美容分野で流行しており、あらゆる痛みに万能のように紹介されがち
  • 筋膜リリースを行うことで一時的に血流が良くなり、しびれや痛みが軽く感じることがある

このように、筋膜リリースによって「症状が一時的に楽になった」と感じる人は確かに存在します。

しかし、それはあくまで一過性の血流改善やリラクゼーション効果であり、モートン病の根本原因である神経圧迫そのものを解消しているわけではありません。

筋膜リリースではモートン病は治らない

現時点で、筋膜リリースがモートン病の根治につながるという確立した科学的エビデンスはありません。

整形外科や足病専門医のガイドラインでも、筋膜リリースは標準治療には含まれていません。

モートン病の保存療法として行われるのは、主に以下のようなものです。

  • 靴の変更(幅広でクッション性のある靴、前足部への圧迫が少ないもの)
  • インソールやパッドによる足趾間の圧力分散
  • 消炎鎮痛薬やステロイド注射などによる炎症の鎮静
  • 歩行フォームの改善による前足部荷重の是正

この中でも、特に長期的な改善が期待できるのは「歩行改善」です。

足の着地ポイントや重心移動の仕方、かかとの使い方などを見直し、前足部に過度な負担をかけない歩き方を身につけることで、神経への圧迫が軽減され、症状の再発防止にもつながります。

一方で、筋膜リリースは一時的な補助的ケアとしては否定しませんが、根本治療にはならないため、「筋膜リリースだけでモートン病が治る」と考えるのは誤解です。

完治には歩行改善が不可欠

モートン病は、原因となっている「歩き方」「靴選び」「足の使い方」を変えない限り、再発しやすい疾患です。

ステロイド注射や手術を受けても、根本的な荷重パターンが変わっていなければ、同じ場所や別の部位で症状が出ることもあります。

そのため、最近では「歩行改善(足の使い方のトレーニング)」に注目が集まっています。

具体的には、

  • かかとからしっかり着地し、前足部への過剰な荷重を避ける
  • 指先で地面を蹴り出すのではなく、足裏全体を使って体重移動する
  • 骨格や筋力に合った靴を選び、インソールで補正する

などの指導を受けることで、神経への圧迫が減少し、痛みの改善や再発防止が見込めます。

筋膜リリースだけで根本改善・完治することは難しい

筋膜リリースは、筋肉や筋膜の柔軟性向上や血流改善に役立つ手法であり、肩こり・腰痛・スポーツ障害などに対して補助的な効果が期待できることがあります。

しかし、モートン病は「神経の圧迫・炎症」が主因の疾患であり、筋膜リリースだけで根本改善・完治することは科学的に裏付けられていません。

筋膜リリースはあくまで「補助的なリラクゼーション」として利用する程度にとどめ、過剰な期待を持たないほうが良いでしょう。